退職にあたって

退職にあたって

大森 浩二


2021年12月登録
 1983年4月に、フェリーに乗って、四国に上陸し、愛媛大学理学部に生物学科の助手として赴任しました。その頃の愛媛大学の大学祭で、正門の上に大きな瀬戸大橋の模型が飾られていたのを覚えています。開通したのはその5年後のことでした。大学院博士課程の途中から赴任したため、初めの数年は博士号取得のために九州天草(九州大学の臨海実験所所在地)へ通い、最後に国内留学をさせていただき、九大理学部から「干潟に生息するヨコエビの個体群動態論」により理学博士を頂きました。愛媛では、重信川河口の干潟で汽水性生物の研究を続けることとしました。この頃、宇和島の遊子漁協からの依頼で愛媛大学(工学部、農学部、理学部)のグループとして宇和島湾の養殖による有機物汚染の調査をはじめ、水域生態系の持つ生産と分解のバランスの最適解を見つけ、それを沿岸漁場生態系の健全性の指標とするとの研究を行いました。これらの研究がもとで持続的養殖生産確保法が作られ、施行されたのが1999年でした。前後してこの研究チームを中心として沿岸環境科学研究センターが、新設されそこの構成員となりました(理学部へ赴任してから16年目の年です)。一方、海洋調査に加えダム湖・湖沼生態系、東南アジアでの人工マングローブ林の機能解析の調査も始めました。この頃からベトナムへマングローブ林生態系の調査に行くようになり、ベトナム国ハノイ大学の学生を大学院への留学生として受け入れ、数名のベトナム人に理学博士の学位を取得させることができました。その後学部新設に関わり、2016年、また、新設の社会共創学部の環境デザイン学科へ移り現在にいたっています(16年周期で別組織へ放り出されている?)。
ここまで、現実の人間社会にどっぷりとつかった生態系の研究をつづけながら、生物進化科学、その中心的課題である種分化理論に20年前から取り組んでいます。
1858年出版のダーウィンの「種の起源」を土台としたネオダーウィニズムの、与えられた環境において、ランダムな変異から生まれた、高い適応度を示す遺伝子を持つ個体が生き残るという自然選択 (Natural Selection) 説が、現在、生物進化の原動力とされている。ただし、ダ―ウインの「種の起源」では、自然選択による新たな種の形成過程を説明できず、それ以来、100年にわたり、多くの議論がなされたが、1960年代にマイヤーが種の形成は、地理的隔離による種個体群の分断化(=allopatric speciation)によるものが主とし、それが定説となった。ところが、過去5年間に全ゲノム解析が多くなされるようになってきて、共通の祖先種から分岐したと思われる2種の各ゲノムのうち、適応的形質の遺伝子群が先に分岐し、のちに、分岐する二つの個体群間の遺伝子交流の減少に伴い、中立的な遺伝子群が分岐する例が普通に見られた。これは、地理的な隔離なし(= sympatric)、または、隔離が弱い(= parapatric)場合における種分化が普通に起こっていることを示しています。
祖先種から新たな種への変異が生じる種分化のごく初期の段階で、既存の種分化モデルは、新たに形成される種が占有する新たなニッチェへのほぼ完全な選好性のアプリオリな遺伝子変異(=かなり無理があると考えられる)を暗黙の裡に仮定している。しかし、この「ほぼ完全な選好性」という前提が崩れると地理的隔離なし、または、弱い場合の種分化が成立しなくなることが私の種分化モデル解析から証明できている。全ゲノム解析の研究結果から、地理的な隔離なし、または、隔離が弱い条件下における種分化が普通に起こっているとすると、分岐のごく初期の段階において、(まだ構成されていないが、後の段階において構成されるであろう新しいニッチェへの)ニッチェ選好性遺伝子(群)を介さない、生物の主体的な認知能力(=ある基準(拡張された適応度の最適化と考えられる)により自らが選択される環境(= selection field)を選ぶこと:ただし、認知能力そのものはNatural Selection により進化した適応的な能力と考えられる)による新たなニッチェへの選好性、つまり、自律選択(Autonomous Selection)を考えざるを得ない、という結論に達したところで退職の年となる2019年の年度末を迎えたわけです。時間切れです。ただ、2022年3月まで、特命教授として現在所属の社会共創学部へ残ることとなっていますので、その間、この地上で最も高い(自律選択に必要な)認知能力をもつと自負する我々ホモサピエンスの、ホモハイデルベルゲンシスからホモサピエンスへの最後の種分化を題材とした、分析哲学や量子力学で唱えられた自由意志定理に基づく種分化理論の論文を発表していきたいと考えています。
38年間本当にお世話になりました。ありがとうございました。