退職にあたって

退職にあたって

 栗栖 牧生


2019年5月登録
 松山が人生で一番長く過ごした町になってしまったと思う人は退職する教員には多いのではないでしょうか。松山は本州へのアクセスの大変さを我慢できれば本当に住みよい処と思います。穏やかな秋、冬の気候も人々の暖かい気持ちも本当にありがたいです。郊外に出ればすぐに1,000mを超える山々、手つかずの自然が待っていてくれます。毎朝、私は自宅のベランダ越しに遠く見るひどく突っ張って鎮座する山々と隣家との境に少しだけみえる伊予灘にあいさつをしてから出勤していました。
 前任地を離れるときに理学系出身教員から異口同音に言われたのが、“理学部によく就職口がありましたね”、ということです。理学部では高等教育の商業化もそれほど進んではいないだろうし、じっくりと教育・研究に打ち込める環境があるからがんばれよというエールと解釈しました。前任地では新研究科の立ち上げ業務に従事するというということで採用されていたのですが、それも軌道になってから同年代の同僚が次から次と新天地に転出していたにもかかわらず、出遅れてしまった挙句、なんとかたどり着いた松山での職です。大学教員公募に52連敗された方のWEBサイトが有名ですが、応募し続けることは大事です。
愛媛大学は私にとって4つ目の職場になります。前任地に赴任するときもそうでしたが、何か良い出会いはないだろうかという希望を持ち、伊予の国にやってきました。はたしてその良い出会いはあったのか、その存在すら気がつかずに無為に時間だけ浪費してしまったのか日々反省するだけですが、松山に来てから驚いたことと定年を迎えて思うことを書いてみます。
はたして愛大理学部はどうだったのか。分かってはいたものの、基礎的な研究環境が整備されていなかったことはすぐに困ったことの一つです。同業者は少ない、研究資産は整備されていないなど、中小規模大学の特徴がよく現れていると思いました。しかし、幸いなことに概算要求などにより固体試料の構造評価と種々の物性評価ができる最先端の評価装置群が設置できたことには本当に驚きました。それまで大型予算請求では何連敗かしていましたので、それなりに準備をしっかりと進めたのが良かったのか、とにかく当たったのは奇跡であり大きな喜びとなりました。一方、通常校費の方は、赴任当初は教育・研究予算がそこそこに支給されていたように思います。しかし、年々、その予算も削減され内部と外部からの競争資金が獲得できなければ、じっと我慢して過ごすような雰囲気になってきたように思います。いわゆる基礎研究にも潤沢な研究資金とこれも研究機関がサポートすべき環境の整備は必要です。
次から次へとやってくる新手の業務への皆様の抵抗力のすごさには驚きました。たくましくも思えました。失うものはあっても得るものがないのであれば、これも仕方がないものと傍観者的にみていました。学内の教員への評価制度も年々姿を変えながら?実施されていますが、評価項目が過度に詳細になりすぎていること、非常に短期的かつ見栄えのよい業績が過大評価されすぎているように思います。こんなことばかりが続けば、研究者それぞれが属するであろう階層は固定化され、研究者も同質化されてしまうのではないでしょうか。そうなれば、無駄な労力の消費はすぐに教育研究の質の劣化につながることは容易に想像できます。
長く学部生と接することのない環境にいたためか、学部のカリキュラムの中身など考えたこともなかったのですが、大綱化以降の流れの中でそうなったのか、提供できる授業科目は少なくなっており、その分各種のスキル習得に直結したいい意味では実践的知識の習得を目指すことに授業が多くあったことにも驚きました。カリキュラム自体、窮屈に感じました。教養教育という言葉は姿を消したように思えました。大学教育によって養成される知識と技能は実社会では役にたたない、これは古くから言われてきたことであり、日本の大学の特質なのでしょうか。
なんだかんだと言っても大学が元に戻ることはありませんし、そうなれば衰退の一途をたどることになると思います。大学が今後どうあるべきかについてまで言及できませんが、愛大理学部には教職員の間に良好な信頼関係が構築されてきたように思います。構成員間の意思の疎通も図りやすい組織ではないでしょうか。おかげ様で気分良くすごさせていただきました。構成員の積極的参加による合意形成はこれからの荒波に対処していくには効果的かと思います。
定年まで好きな研究ができたことは本当に幸せなことと、これまで親身にお世話になりました諸先生方をはじめ事務職員の方々、学生諸氏に感謝します。志半ばで鬼籍に入られた方々も多くありますが、あのときそのときを思い出して自問自答することが多くなりました。私自身は私の運命の主人公ですが、すべてのことを自身だけで決めているわけではないと思っています。良きにつけ悪しきにつけ周りによって造られていること、また、造られていくことを実感するときがあります。この意味でこれからも人との出会いを大事にしていきたいと思います。
 最後になりますが、今後の愛媛大学、理学部のますますの発展と愛媛大学理学同窓会の皆様の益々のご活躍とご多幸を祈念して私の感謝の言葉とさせていただきます。