長いこと夢をみていた

長いこと夢をみていた


 森本 宏明

仙台から本学に赴任して、27年の歳月が夢のように過ぎました。定年にあたり、自らの辿って来た道を振り返ってみることにします。

2000年に待ち望んでいた短期留学が年齢制限の最終年になって認められました。まず、若い頃75年にアメリカでお世話になった加藤先生にお目にかかって挨拶をしなくてはとUC Berkeleyから出発を開始するつもりでした。当時、ペーペーの実績も何もない突然現れた青二才を快く受け入れてくれ親切にしてくれました。休日には車で1時間ほどのNapa Valleyへ連れて行ってくれてWineryでWineを御馳走になり、ぶどう畑に座って奥さんと3人でおにぎりを頂きました。大勢の弟子に囲まれて数学の議論をしている様子を見るにつけ、世界の一流人は流石に凡人とは違うと感動を受けました。今年ブームの龍馬さんが勝先生の弟子になったときに、きっと同じ思いだったに違いありません。しかし、残念な事情があってお目にかかることが叶わなくなり、生涯の心残りとなっています。

 計画はNew YorkとParisの大学に1ヶ月ずつ滞在することにしました。セミナーや研究会に参加する他は観光めぐりです。地下鉄で列車を間違えて途方にくれたり、ひったくりに会いそうになったり、山の中で大嵐にあったり、片言のフランス語が通じたりと、様々な冒険のおまけ付きです。遊んでばかりいたようにも見えますが、そうではありません。外国の空気を吸うことは研究の肥やしとなり、新鮮な気分と漲る活力を生み出してくれます。

 帰国後、一念発起して世界中で使われる本を書くことにしました。自分の老化に抵抗しながら、薪に臥す様にして完成までに4年を費やしました。次に出版社の用意したreferee達から承諾を得る手筈になります。Referee reportsを待ったり、原稿を読んでないのが分かって反論したりして、胆を嘗める思いで3年。最終的にCambridge大学出版から好意的な受理の通知を受け、それから出版までに1年掛かりました。Internetで調べると、出版社の恥にならないぐらいは普及していて、一安心です。仙台の知人からは、「よくやった。そんな発想は南の人だからできるのよ、北の方の人には思い浮かばないね」と賛辞を頂戴しました。あっそうだったのか、道は違っても龍馬さんと同じ夢を見ていたのだと、思い至りました。子供の頃、遠足で桂浜へ行ったときには、「この銅像の人は、どうした人なが」、「”りゅうま”と書いちゅうにどうして”りょうま”と呼ぶが、間違ごうちゃあせんかえ」、とずっと思っていました。あなたの倍近く生きてきて、挫折の辛さや成功の歓びを知りました。あなたの夢が志半ばで断たれた無念さに涙し、同じ土佐の血が流れていたことを誇らしく思います。今度京都へ行ったら、お墓参り致します。

 研究は確率微分方程式(精密になったLangevin方程式でSDEと略記)で記述される経済モデルのシステムを最適化することに焦点があります。企業の資本がBlack-Scholes SDEで表され時間の増加関数として投資量を決定する場合、得られる利潤から投資量を差し引いた純利益のtotal期待額を最大にするにはどうすれば良いでしょうか。資本金が或るしきい値A以下の企業にはリスク回避にため投資をしません。資本がAを越えているときには、資本がAに達したときだけ適切な量を投入するのが最適政策で目的を達する事ができます。勿論、Aの存在や投入量について解析はできますが、実用化のためには数値計算が必要です。

 この研究は端緒に着いたばかりで、これで隠居という訳にはいきません。テーマを発展させ、纏まった本として出版できたら無上の喜びとなるでしょう。



2011年1月13日登録