“定年となります”その随想

“定年となります”その随想


井上直樹


 思えば長く教員生活をいたしました。大学、大学院を修了して大学の付置研究所に採用され、そこで約10年、その後愛大約27年です。付置研時代は、学生、院生も少なく研究室は静かでしたが、愛大に赴任したときはまことに新鮮でありました。大学内は若さが溢れ、サークル活動の声が響き、教室は活気に満ちていました。赴任してまもなく御幸会館の大広間でたてコンがありそのにぎわいと親密さには感動しました。物理学科の大集団でした。ここにいる学生達もいろいろな思いで、物理学を専攻しているのだろうなという思いで酒を飲んでいましたが、ふと自分はどうだったのかと振り返っていました。最初に科学に興味を覚えたのは、小学生のときに父親がつれてくれた研究所の見学でした。いまでもその感動を思い出しますが、その後は、数式があり、論理的に考えるところなどがおもしろそうで物理を選びました。最近、理学部でも科学大好き子供達を集めた親子で楽しむ科学実験を開いていますが、私も少しお世話しましたが、子供への影響は大きく、これは大切な催し物と思います。私は10〜20代のころは科学にしか興味がありませんでした。政治や経済、芸術などの分野は、今は大変おもしろいと思っています。一度、きちんと本を読んで、法律や経済、哲学などを専攻した友人と、なぜ若くしてそのような分野を選んだのかなど、一度ゆっくりと酒でも飲みながら話してみたいと思っています。

 大学の教員をしてよかったなと思うことを三つほどあげてみます。やはり学生を世に送り出すことができた。これが一番です。卒業後に再会したときなどは、その成長ぶりを目の当たりにしますと感動です。二番目は、いや限りなく一番に近いですが、学生、院生と共に研究できたことです。成果を学生達と学会で発表したり、国際会議にでかけたりしますと我々の意欲が上がります。国内外に友人もできました。これらはまことにすばらしい。平成18年度から理学部卒論発表会を公開でできるようになったことも、よいことです。三つ目は夢を持ち続けることができたことです。若い学生達と毎日接しているからでしょうか、先生は元気だとよく言われました。かなり前ですが、ある学生が“大学の先生みたいになりたい”と言ってきました。どうして?“先生方の顔をみていると、いつも夢をもちながら歩んでいる姿がいい”でした。“夢”! いい響きですね。確かに大学での研究は果てしない夢を追いかけている面があります。改めてこの気持ちをいつも忘れないようにしてきました。

 このごろの大学は、いろいろと忙しく、大変窮屈になってきました。諸般の事情で、このようになっているのは十分理解できます。しかし、大学に効率一辺倒はなじまない。教育や基礎研究は時間がかかります。律することは必要だけれども、自由で夢のある大学でありたいものです。最近はデジタル化も進み電子メールは便利だけれど、なんだか味気ない。意志の疎通もあまりよくない。形式的になり人間性にも影響しているように見えます。もっと感性が豊かになるようなアナログの部分がほしいものです。実験なんぞ見てみましても、装置が故障するとデジタルの部分は手の出しようがない。その点、物理の基本となる手作りに近い実験装置は、テスターとシンクロスコープ、機械の異常音、目視、ハンダ付け、機械工作などで直せますので、快適です。まさにアナログの世界バンザイです。理学部には10年ほど前までは、テニスコートや卓球台があり、多くの教職員と学生で忙しい合間をぬっては運動していました。みんなが健康的でよかった。今のキャンパスにも何らかの運動施設やベンチなどで休憩できる小公園、もっと牧歌的な雰囲気がほしいですね。

 昭和57年からお世話できた卒論生、大学院生の総数は数えてみますと114名にもなりました。学生達の研究は、キーワードでいいますと、超音波緩和、ブリルアン散乱、レーザーブラッグ反射、分子振動緩和、臨界現象、ナトリウムイオン伝導、混合アルカリ効果、リチウムイオン伝導、非アレニウス型イオン伝導、微粒子分散、電子状態など多数にのぼります。この間、アメリカで1年、ドイツで2ヶ月研究もさせてもらいました。教育では講義はもちろんですが、研究室ゼミナールが楽しかった。その他、ソフトボール大会、テニス大会、ボーリング大会、バーベキュー、花見、飲み会などなど質素だけれど充実したものでした。これらのことができたのも共に歩んだ学生達のおかげです。この場を借りまして卒業生みなさんにお礼を申し上げます。今後は、残りの研究データの整理と計算、共同研究および国際学術誌のエデイタをもう少し続ける予定です。写真を2枚のせました。写真1は1987年のソフトボール大会です。写真2は今年度最後の卒論生、修論生および私です。

 最後に、卒業生皆様の今後のご健勝とご活躍、また理学部および理学同窓会の発展を願いまして終わりにしたいと思います。


2009年1月31日登録